背徳の月

「生まれ変わったら何になりたいですか?」
 仲間の何気ない、純真無垢なこの一言が、すべての元凶の引き金となった。


 とある街で遅めの昼食をとっている時だった。メインディッシュにデザートと、一通り食事を堪能し終えたところで、なんの脈絡もなくアメリアはそう呟いた。
「いきなりどうしたのよ、アメリア」
「考えたことありません?」
「そりゃあ、ないわけじゃないけど......」
 香茶をすすりつつ、リナは訝しげな表情でその場を見回した。両隣にいる男性陣は、興味のある話題でなかったのか、昼時の喧騒にかき消され聞こえなかったのか、返答する様子もない。
「あんたはどうなのよ」
 リナは軋む椅子に背中を預け前後にゆらゆらと揺れながら、対面する少女に問を投げ返す。
「わたしは、もちろん正義のヒーローです。あ、ゼルガディスさんはどうですか?」
「......くだらん」
 無関心を決め込んでいたのか、いきなり振られた話題にゼルガディスはつっけんどんに吐き捨てた。その態度が不満だったのか、アメリアは頬を膨らませ、仕方なくもう一人の旅の仲間に問いかける。
「じゃあガウリイさんはどうですか?」
「おれぇはまはうもいもんばたべれれへば」
 食後の口直しにフルーツサンドを頬張っていたガウリイに投げかけた自分が愚かだったと、アメリアは深いため息をついた。
「それで、リナさんはどうなんですか?」
 誰にも相手されず、若干苛立ちながらアメリアはジト目でリナを睨んだ。しょうもない話題とはいえ、これだけ蔑ろにされては流石に気の毒だと、リナは観念し手にしていたカップを机に置いた。
「そうねぇ......またあたしみたいな可憐で素直で見た目も中身もパーフェクトな天才美少女魔道士ってのも捨てがたいけど......男にもなってみたいわね」
「男の人......ですか?」
 想像していた答えと違っていたのか、アメリアは目をキョトンとさせた。
「そ。男と女って、同じ人間なのにまったく別の生き物じゃない?そう考えたらちょっと興味あるなーって思っただけよ。もしあたしが男だったら、強くて優しくて顔も良くて、世界中の女の子がほっとかないでしょうけどね♪」
「......つまり、ガウリイさんになりたいと?」
「クラゲはヤダ」
「僕は人間になってみたいですねぇ」
「ああ、そう――って、どぇええっ!?――あだっ!」
 二人のやり取りに突然入ってきた声に、リナは盛大に椅子から転げ落ちた。
「ゼロスさん!いつからそこに?」
 両手を机につき立ち上がったアメリアは、呑気な笑顔でカップを傾けているゼロスを凝視した。
「最初からいましたよ」
 ゼロスはしれっと答え、床に尻もちをついているリナに片手を差し伸べた。
リナはジト目で睨みつけたままその手をとり、よろよろと椅子に腰掛ける。
「あんたねぇ、いい加減」
「リナさん!そんなことよりも!」
 リナの文句を遮ったアメリアは、なぜかきらきらと目を輝かせていた。
「ゼロスさん!今、『人間になりたい』って言いましたね!?」
「えぇ、言いましたけど」
「うぅ......ようやくゼロスさんが......生きとし生けるものの天敵、百害あって一利なし、隣にいるだけでみかんが腐る魔族のゼロスさんが生への喜びを乞い願う日がくるなんて......」
「......みかんのくだりはともかく、どう解釈したらそうなるでしょうか」
「正義のフィルターがかかってる子に、理屈なんてないわよ」
 頬をポリポリと掻きながら呆れるゼロス。リナはため息をつき、改めてカップを手に取った。
「んで、なんで人間になりたいわけ?心底人間を見下してるやつの発言とは思えないんだけど」
 ぬるい香茶を一口含み、ちらりと視線を投げかける。生産性のない話題とはいえ、リナはゼロスの言葉に興味を惹かれた。
「別に見下してなんかいませんよ。ただ欲望に愚直で複雑怪奇な種族だと思ってるだけです」
「それを見下してるっていうのよ」
「まあ、それはさておき。興味あるんですよね。魔族には持ち得ない感情とそれに追随する種々の生理現象......魔族よりもよっぽど緻密に『創られた』存在じゃないですか」
「つまり、人間が羨ましいってことか?」
 いつの間にか話の輪に入っていたガウリイがゼロスに問いかける。
「あくまでも好奇心の産物として、ですけどね」
 いつものにこやかな笑顔を絶やさぬまま、ゼロスはガウリイ、アメリアと会話を続けた。そんな様子に、ゼルガディスは舌打ちを一つし、明後日の方へと向きやる。リナは、三人の会話には耳を傾けず、じっとゼロスを見つめていた。
 彼の言葉の真偽はわからないが、その内容はリナにとって新鮮なものだった。秘密主義の彼が自分の考えを漏らすことなど滅多にない。今回も、所詮はただの気まぐれなのだろうけど。
 リナは胸にくすぶる不明瞭な靄をかき消さんと、冷めた香茶を一気に飲み干した。


(......ここは......どこ......?)
 リナは眼前に広がる景色を見つめていた。どこまでも果ての見えない大地。色を失い始めた短草が吹く風にたなびき、黄金の絨毯のように夜の闇に輝く。だが、それも一瞬。淡い光を放つ欠けた月はいとも簡単にその姿を暗雲に隠されてしまった。深い闇があたりを包み、すべてを漆黒に塗りつぶす。
 リナは目を閉じ、先程までの自分の行動を思い出していた。皆と昼食を食べ終わったあと、そのまま夜まで各自自由行動をとり、その日は同じ街で宿をとった。同室のアメリアとたわいもない話に更け、少し肌寒さを感じ毛布にくるまった。それからは−−−
「......夢......よね......」
「えぇ、夢ですよ」
 後ろから両肩を抱かれ耳元で囁かれた声に、リナはびくっと体を震わせた。そして反射的に距離を取り、振り返る。雲間からわずかに差し込む月光が照らし出したのは、見慣れた黒い法衣と見知った笑顔。
「......ゼロス......」
 言いようのない不安の中、慣れた者の存在と、この不可解な光景は夢だと断言されたことに、リナは少し安堵した。
「......これは、あたしの夢?」
 月明かりは薄れゆき、再びあたりを漆黒の闇が支配する。せっかく見つけたその姿を見失うまいと、問いかけると同時にリナは駆け出した。
 そして感じる、身体の違和感。
 いつもなら風に吹かれるたびに身体にまとわりつく自慢の髪がない。リナは耳元から髪をかきあげた。指の間をすり抜ける絹糸はいつもよりもはるかに短い。そして、頭部に触れたその掌も、僅かだが大きく感じる。間近にあるはずの自分の手も映し出さぬ深い闇の中、頼りになるのは触覚だけだった。 リナは頭から顔へと指をすべらせ、自分の両肩を抱く。少しだけ広い肩幅。感触から、着ている服はいつもの旅装。触れた両腕は滑らかだが、女の子特有の柔らかさはなく、やや筋肉質。そのまま、胸に触れる。わずかながらも盛り上がりのあった乳房は、完全に地面と垂直になっている。
 リナの頬に、一筋の汗が流れた。そして、もっとも違和感のあった下半身へと、そっと手を伸ばす。そこには、普段の自分には絶対ないものが悠然と鎮座していた。
 リナはその受け入れ難い事実に、ぎゅっと強く目を瞑った。そして心の中で唱える。これは、夢なのだと。
「――リナさん」
 吐息を感じそうなほど近くから囁かれた声に、リナは身体を硬直させた。
そしてその身体を、優しく腕≪かいな≫が包む。
「ゼロス......これは、本当に夢......なのよね?」
「えぇ......紛れもなく、あなたの夢ですよ」
 耳朶に触れる、柔らかな感触。その正体を確かめることも出来ないぐらい、リナの頭は混乱していた。
「......なんで、あたし......男になってるの?」
 リナは受け止め難い事実をようやく口にした。
 視界が闇に閉ざされていても、触れた肌、なぞった体格は、疑うべくもなく男の身体だった。
「良かったじゃないですか。夢だとしても。男になってみたかったのでしょう?」
 姿は見えないがいつもの飄々とした口調に、不安は残るもののリナはほっと息を吐く。彼が夢というなら、これは間違いなく夢なのだ。
 だが、やっと手に入れた安堵感は、次の瞬間、無常にも打ち砕かれた。
「せっかくですし、少し実験してみましょうか」
「えっ――っ!?」
 頭の上に疑問符を浮かべた時には、すでにリナの身体は地面と平行になっていた。両手首が力強く握られ、大地に固定される。頬に触れる草がむず痒く、土の湿った匂いが鼻腔から侵入する。
 誰かに組み敷かれたのだと、理解するまでにさほど時間を要しなかった。一体誰に。答えは一人しかいない。
「なにす――っん!」
 反論の声は吐き出されることはなく、そのままリナの喉へ押し戻された。小さな唇は、ゼロスのそれにより完全に塞がれたのだ。口内へ侵入するゼロスの舌が、リナの舌を丹念に絡めとる。冷たいとも、温かいとも区別のつかぬ感触は意外にも心地よく、リナの思考はとろけていく。口角から垂れる涎も気にせず、ゼロスはリナの奥深くまで味わおうと舌を這わせる。 糸のように柔らかい髪がリナの頬にかかる。本来ならばくすぐったいその感触も、痺れた脳では何も感じなかった。
ひとしきり口内をまさぐられ、ようやくリナの唇は解放された。
「――っんはぁ!はぁ......」
 急激に取り込まれた空気に肺が引き攣る。リナは短い呼吸を繰り返し、自分の上に覆いかぶさっているであろうゼロスを睨みつけた。
「――な、なに......すんのよ......」
「......昼間、お話したでしょう?」
 リナの口内から溢れた唾液がゼロスの口角から垂れる。ゼロスは舌でそれを舐め取った。リナの手首を掴む力は緩めぬまま、淡々とした口調でゼロスは語った。
「僕は人間になってみたい。しかし、この夢の中ですら、それは叶わないようです。ならば、リナさん――あなたが僕に教えてください。人間はどんな感情を抱いた時、どのように身体が反応するのか......」
 リナは目を見開き、息を飲んだ。
 理解してしまったのだ。これから、ゼロスが自分に何をしようと企んでいるのかを。
 リナは精一杯力を込め、ゼロスの手を振り払おうとする。しかし、男の身体になったにしては華奢なままの腕の力ではぴくりとも動かない。逆に、曲がっていた肘が伸ばされ両手首を頭上で固定された。 ゼロスの空いた片手はリナの頬をつうっと撫で、喉仏を伝い、そのままシャツのボタンを指で弾いた。
 途端に沸き起こる恐怖と危機感。リナは顔をしかめ、迫り来る魔の手から逃れようと必死に身体をよじらせる。そんな抵抗も虚しく、ゼロスの指は遊ぶようにゆっくりと下降していく。
「ゼロス!――やだっ、ダメ!」
「どうしてですか?」
「どうしてって......あたし、今男なのよ!?」
 リナの苦し紛れの的外れな言い訳に、ゼロスはくすりと笑った。
「それなら問題ありませんよ。もともと魔族に性別なんて概念はありませんし。......それに、男だろうと女だろうと、そんなことは関係ないんですよ。リナさんが、リナさんであれば......」
 そう言うと、ゼロスは右手でリナの髪をかきあげ、あらわになったその耳を唇で優しくついばんだ。反射的に身体が疼く。リナは少しでも遠ざかろうと顔を反対側に向ける。しかし、耳朶から首筋、うなじへと這うぬらりとした舌の感触に、鳥肌が立ち全身がびくびくと震え出す。
 月明かりは未だ重たい暗幕に隠れたままで、見渡せど黒い闇が広がるばかり。それでも、リナはきつく目を瞑り、思いっきり唇を噛んだ。
 これは、本当に夢なのだろうか。夢ならば、どうしてこんなにも、口の中に広がる鉄錆びの味や肌に触れる大地の冷たさ、吹く風の生温い匂いまでもリアルに感じ取れるのか。
 視覚が頼りにならない時は、他の感覚が鋭敏になる。そんな人間の危機回避能力が、今では裏目となっている。ゼロスの舌が、密着する肌が、さらさらと滑る髪すべてが現状を脳内にリアルに映像化してしまう。そしてそれは、リナの羞恥心を極限まで高めていく。全身が火照る。気を抜けば思わず漏れそうになる吐息を必死に押し込め歯を食いしばる。
そんな全身の拒絶を愉しむかのように、ゼロスはリナの唇に滲む紅を舐め取り、片手をはだけた胸部へとすべらせる。魔族とは思えないなめらかで優しい手つきで平らな乳房をまさぐられるたびに、リナの局部は反応していく。
「......女の身体の時と、どちらが気持ちいいですか?」
「な、なにを言って――」
「リナさん......したこと、あるんでしょう?」
 耳元で囁かれたその一言に、リナの顔からは一瞬で血の気が引いていった。
「なんであんたがそんなこと――まさか......」
 最悪の想像がリナの頭をよぎる。
「僕はね、リナさんの万事に興味があるんです。......素敵でしたよ。あの夜の、あなたの愚かで甘い鳴き声......」
 瞬時にこみ上げた羞恥心と嫌悪感に、リナは吐き気がした。鳩尾の奥が鋭利な刃で抉られたように痛む。目頭が熱くなり、闇色の世界が滲んでいく。その間にも、ゼロスの愛撫はとまらない。丹念に舐め取られた胸には桃色の花が咲き、芽が息吹く。その敏感な新芽を舌で転がされ、リナの局部はますます熱を帯びていく。
「男でも女でも、ここは気持ちいいんですね」
「――――最低」  ようやく吐き出した言葉の陳腐さに、リナは自嘲した。
 こんなに最低で下劣な魔族に今までにない辱めを受けているのに、絶えることなく押し寄せる快楽の波に抗えない自分が情けなくて仕方が無い。そして何よりも――この絶望にも似た背徳感。本気で拒絶をすれば、ここから逃れられる手立てがあるのかもしれない。これは自分の夢なのだ。自分の思い通りの世界に変えることだって出来るかもしれない。しかし、この世界は何一つ変貌を遂げていない。
 受け入れてしまっているのだ。この耐え難い夢の現状を。
 リナの目尻から一筋の雫がこぼれ落ちる。ゼロスはそれを舌で優しく掬った。
「......背徳感は、快楽の最高のスパイスですよ」
 すべてを見透かしたようなゼロスの言葉に、リナは初めて全身の力を抜いた。
「これは夢です。夢ならば、誰もあなたを責めることなど出来ませんよ」
 悪魔の甘言がリナの脳内に響き渡り、黒々と染み込んでいく。
 ゼロスはリナの手を解いた。リナは逃げなかった。ゼロスの両手が、リナの頬を優しく包み込む。
「さぁ、僕に見せてください。あなたのいろんな表情≪かお≫を」
 リナは涙を止めぬまま、くすりと笑った。
「どうせ、真っ暗で何も見えないでしょ?」
 リナの皮肉に、ゼロスも同じ様に笑って返した。
「魔族には視覚なんてありませんから。よく見えてますよ?リナさんの愛らしい泣き顔」
「......悪趣味」
 精一杯の抵抗にと呟かれた言葉は、風に運ばれ地平の彼方へと消えていく。
 ゼロスはリナの身体をゆっくりと起こした。座ったまま、両腕を背中に回し、自分の方へとリナの身体を引き寄せる。リナは目を閉じ、自らの腕もゼロスの背へと回した。女の身体の時はその腕の中にすっぽり収まっていたが、同じ肩幅、似たような体格で抱き合う感覚に、リナは少しだけ口の端を緩めた。初めて、目の前の魔族と『対等』になった気がしたのだ。



「――っんあ!......はぁ、はぁ――っぁん!」
「素敵ですよ、リナさん。......少しずつ、液が出てきましたね。あぁ、こんなにも濡れてしまって......」
 ゼロスの囁きはリナの羞恥心と高揚感を加速させる。リナの局部で、ゼロスの手は絶妙な速さで上下していた。丹念にしごかれるそれは、鋼のように硬く、天に向けてそそり立つ。毛細血管の先端までもがドクドクと脈打ち、今にも弾けそうなほど膨張していた。触れられただけで意識が飛びそうになるそれをたっぷり弄ばれ、リナの思考は完全に停止していた。同時にぬめっとした感触が乳房の突起物とその周囲を這い回り、その刺激は直接口へと伝令され恍惚の嬌声を吐き出させる。
「リナさん、『気持ちいい』ってどんな感覚なんでしょう。なぜ『気持ちいい』と、そんな可愛らしく情けない声が出るんですか?」
「......わか、らない......っんあっ......そんな......こと」
 リナも知りたかった。どうして魔族であるゼロスが、こんなにも自分を薄汚い色欲にまみれた人間に成り下げることができるのか。そして、自分はなぜそれを、憎悪ではなく快楽として求めてしまうのか。
「なにも......かんがえられない......」
 ゼロスはくすっと口の端を吊り上げ、リナの口角から垂れる涎を舌で舐めあげた。
「可愛い人だ。――わかりました。リナさんは何も考えなくていいです。『考える』のは僕の仕事。どうすればもっとリナさんが気持ち良くなれるのか。それを『感じる』のがリナさんの仕事」
 ゼロスは絶え間なく上下していた手を止めた。快楽の波が一瞬途絶え、リナはようやく全身の緊張をほぐした。だが、その束の間の休息は、荒い呼吸を整える間もなく終りをつげる。
 ずり下がっていたズボンを下着ごと剥がされリナは両脚を勢いよく開かされた。
「ゼロ......ス――っんふぁ!」
 再度押し寄せる快楽が電撃のように身体を走り抜け、たまらずリナは腹部に埋められた頭を両手で掴んだ。自らの熱で温められた口内で、リナの敏感になったそれに柔らかな感触が這い回る。先程までの、手で弄ばれていた行為など稚戯に等しく、比べようもない程の極上の感覚に、リナはただ喘ぐことしか出来なかった。高まった熱の塊が脳内で極限まで膨らみ――一気に弾けた。そして身体の奥底から漲る快楽の奔流が、外の世界へと勢いよく飛び出した。
 ゼロスはゆっくりと口を外し、口内にたまった白濁を手のひらに吐き出した。長い指の隙間からねっとりと垂れる液を、ゼロスはぺろっと舐めあげる。
「もう少し、我慢できなかったんですか?」
 ゼロスの意地悪い言葉に、リナの顔は真っ赤に染まった。人生最大の恥辱に全身の血が逆流し、沸騰する。
 途端、世界が白々しい光で包まれた。欠けていたはずの月がいつの間にか見事な満月となり、雲間から幾筋もの光の矢を放つ。リナは両手で顔を覆った。恥と愛欲で上塗りされた情けない顔を、誰にも見られたくなかった。
「――我慢できない子には、お仕置きですよ」
「――っいや、やめてっ」  抗う間もなくリナの身体は大地に押し倒された。腰を引き寄せられ、一気に身体の芯を突き抜かれる。
「ぅぐっ――っあっ!」
 息つくまもなく叩きつけられる衝撃に痛みが走る。反射的に唇を噛む。溢れる唾液に鉄錆が混じる。耐え難い苦痛に全身の筋肉が硬直する。
「力を抜いた方がいいのでは?」
「――っ、むり......っ!」
 ギブアップ宣言が出ても、ゼロスはその行為をやめなかった。逆に、より激しく、より深く、リナの奥を突き上げる。その衝撃に肺から空気が押し出され嬌声に変換される。  だが、失神寸前の苦痛も、やがては快楽へと変わる。
 リナは局部に再び熱が集中しているのがわかった。それにゼロスも気付き、ニコリと笑う。そして腰を動かしながら器用にそのそそり立つ棒を掴み、しごき始めた。
「――っぅ!」
 声を上げることすら許されないほどの快感の波がリナを襲う。その恍惚の表情を、ゼロスは貪るように見つめ続けた。
「......これは、想像以上のご馳走ですね」
 いつもの淡々とした口調とは違い、ゼロスの声も悦に浸っていた。だが、そんなことを指摘する余裕などありはしない。
 互いの魂が共鳴するように、肉体と精神体がひとつの塊となって溶け合っていく。そのえも言われぬ快楽の荒波に攫われ、リナの意識は果てなき空の彼方へと吹き飛んだ。


 指先を動かすことすらかなわないまでに、リナは脱力した。朦朧とする意識の中、瞑っていた目をゆっくりと開けた。
 重たく緞帳のように垂れていた暗雲はいつの間にか消えていた。リナの目の前には、満月の光を煌々と浴び、満面の笑みを浮かべるゼロスがいた。恍惚ともとれる優しい眼差しが、真っ直ぐリナを見つめている。幻想的とも思えるその美しく妖艶な微笑みを脳裏に焼き付け、リナの意識は今度こそ深淵の闇へと沈んでいった。



「――っ!」
 体にかかっていた毛布を蹴りあげ、リナは勢い良く身を起こした。呼吸をやめていたのかと思うほど、息は荒く促迫している。額にびっしりと浮かんだ玉の汗は、重力に負け頬へと伝い落ちる。
 リナは数回深呼吸をし、跳ね上がる鼓動を落ち着かせた。ぼんやりとした視界は徐々に闇に慣れ、横を見れば同室のアメリアが安らかな寝息を立てている。
 リナは深く長く一呼吸し、そっと自分の胸に手を当てた。そこには確かに、柔らかいささやかな膨らみがある。リナは体を丸め、自分の膝に額を押し当てた。安宿にしては上質な寝巻きの繊維に、額の汗がすぅっと吸い込まれていく。そして、徐々に量を増していく水流を取り込み、あっという間に上質な生地は冷たくリナの柔肌に張り付いた。
 リナは、体を横にすることができなかった。眠ってしまったら、またあの世界へ連れていかれてしまう。そんな気がしたからだ。リナはただ、身を丸め小さく体を震わせた。
 乾ききったのどに、鉄錆びの味が広がった。


「よー、リナ。おはよう」
 太陽も高く昇り、温かな陽光に温められた風が吹き抜けるテラス席。そこには、ガウリイとゼルガディスがすでに朝食をとっていた。
「......おはよ」
「どうした?元気ないな。アメリアは?」
 純真な青い瞳が心配そうにリナを見つめた。それを直視できず、リナは俯いたまま席に腰を下ろす。
「......別に、夢見が悪かっただけよ。アメリアはまだ寝てる」
「どんな夢を見たんですか?」
 瞬間、一番聞きたくなかった声が耳に入り、リナは体を硬直させた。まったく気付かなかったが、リナの正面にはにこやかな笑みを浮かべるプリーストが座っていた。頭で考えるよりも早く筋肉が反応し、立ち上がったリナはテーブルの上に並べられたナイフとフォークをおもむろに掴み、おかっぱ頭めがけてそれらを投げつけた。
 笑顔を崩さぬまま、難なくそれらを躱すゼロス。リナは歯噛みし、まなじりを吊り上げた。
「おい、リナ!あっぶねぇなぁ。急にどうしたんだ?」
 心配するガウリイへの返事もせず、リナはじっとゼロスを睨みつけた。
「今度は何したんだ、貴様」
「さぁ......でも、どうやら僕はおいとました方が良さそうですねぇ」
 ゼルガディスのジト目を浴びながら、頭をポリポリと掻きゼロスはゆっくりと席を立った。そして、リナの横をすり抜けざまに、その肩にぽんっと手を置き、そっとリナの耳に何事かを囁いた。
 その刹那、リナの顔は一気に紅潮した。そして、振り向きざまに放った渾身の右ストレートは、黒い神官服にではなく、遅れてやってきたアメリアのボディに見事炸裂した。

 腹を抱えぴくぴくと横たわるアメリアにリナは平謝りしつつ、それでもリナの頭の中では先程のゼロスの言葉がぐるぐると回っていた。


『今度は、女の子の身体でしましょうね』


〜fin〜

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