この村危険につき立ち入ることなかれ

「で?依頼ってーのは?」
前菜にと出されたリトルキャベツのフライをぱくり。サクサクに揚げられたその食感は耳触りよく、ぎゅっと凝縮されたキャベツ本来の甘みが付け合せのタルタルソースの酸味とよくあってなかなか美味しい。
「……実は……」
気乗りしないあたしの言葉に、重苦しい雰囲気を漂わせ、白いあごひげをふさふさ蓄えたじーさんが、意を決したようにカッと目を見開き口を開く。
「あなたがたにはこれを着ていただきたいのですじゃっ!」
ぶふぉあぁぁっ!
どこに隠してあったのか知らないが、勢いよく差し出されたその両手には、見覚えのある衣装が乗っていた。
刹那、あたしの脳裏に封印された記憶が蘇る。
出来れば二度と相見えたくなかったそれを見て、じーさんの顔をタルタルソースまみれにしたあたしを、どうか責めないでいただきたい。

いつも通りの旅の途中。訪れた辺鄙な土地の小さな村に、あたしとガウリイとなぜか一緒にくっついてきているゼロスとでやって来た。目的はこの時期にしか収穫出来ないという幻のキノコ。市場に流通させるほどの量はなく、食べるためにはこの村に訪れるしかない。でなければ、こんな辺境の地にわざわざ足を運ぶ理由もない。そのぐらいさびれた村の入り口に足を踏み入れたところで、あたしたちは待ってましたと言わんばかりに村人−−それもじーちゃんばーちゃんたちに囲まれた。
村長から仕事の依頼があるから、食事でもしながらどうかと言われたら無下に断る理由はない。目的のキノコ料理が出てくればラッキーぐらいの気持ちで村長の家に出向き、適当に相槌うちながらじーさんの話を聞いていたのだが……。
「なーんかこの服、どっかで見たことある気がするんだけどなぁ」
「そ、そうですね……ぷぷぷっ」
村長が差し出した服をぺろんと広げながら呟くガウリイと、その横で噴き出しそうになるのをぷるぷるしながら堪えるゼロス。
白い伸縮性のあるサテン地のビスチェ。胸元には無駄に大きなリボン。ウェストの切り替えしにはこれまた無駄に短いひらっひらのスカート。そして極めつけは意味のわからないポンポンがついた髪飾り。
そう!これこそまさに、かつてあたしを恥という名の煉獄に突き落とした悪魔の衣装!
「−−なっ!なんだってこんなもんがここにあるのよ!?これって、確か双子の女の子が持ってったはずでしょ!?名前忘れたけどっ!」
「ご、ご存知なのですか!?」
熱くなった顔でわめき散らすあたしに、顔についたタルタルソースを拭く村長の目がこれまた大きく見開かれきらきらと輝く。
「あー思い出した!リナがアメリアとヘンテコな歌うたいながら踊ってたヤツか!」
「ヘンテコとはなんだヘンテコとは!確かに思い出しただけで全身痒くなるけどもっ!」
「なんと!すでに経験済みですとな!?それでしたらなおのこと、どうか引き受けていただきたい!」
「断る」
ぺこぺこ頭を下げるじーさんに、あたしはぴしゃりと即答する。
「まあまあ、リナさん。ぷぷ。お話だけでも……ぷぷっ、聞いて差し上げてはいかがですか?……ぷぷぷっ」
笑いすぎだろおまいは……。
腹を抱え完全に人事なゼロスをひと睨みし、
「まぁ……話だけなら聞いてあげないこともないけど?言っとくけど、仕事は受けないからね」
タダで食事を食べさせてもらった手前もあるし、何よりこの衣装がここにあるのも気にはなる。
不機嫌に言い放つあたしに村長はホッと息を吐き、口を開く。
「実は……その娘二人はうちの村の者なのです。いつか『すたあ』になることを夢見ていましてな……。ある日、ふらっといなくなったかと思いきや、神の加護を得るという歌と踊りを手に入れたと息巻いて帰ってきました。正直、嘘臭い話で信じておらんかったが、ご覧の通り村は過疎化が進みさびれる一方。藁にもすがる思いと、あきらめ半分でその踊りをやってもらったのじゃが……それからなのです。この村の裏山に珍しいキノコが生えるようになったのは!その芳醇な香りと一度食べたら忘れられない豊潤な味わいに何人の村人が天に召されたことか……」
それって毒キノコなんじゃあ……。
あたしの疑いの目を気にすることなく、じーさんは恍惚の表情で言葉を続け、
「これこそまさに神のご加護!そしてそのキノコを名物とし村おこしを初めたら、あんたがたみたいに旅の人も村へ寄ってくれるようになった。それからは毎年、豊穣の祭りでその踊りをやることになったんじゃが……」
そこまで一気に捲し立てた村長の顔に、突如ふっと暗い影が落ちる。
「今年は……踊り手がおらんのじゃ」
「え?」
急に重苦しくなった空気に、あたしは嫌な想像を膨らませ、
「もしかして……」
「……そうじゃ」
ふぅ、と息をつき、村長は遠くへと眼差しを向ける。
「先月、『音楽の方向性が違うネ!』『こっちだってやってられないアル!』とケンカになりコンビは解消。二人は新天地を目指し道具一式残して別々にこの村を出ていきおった」
ずるっ!
『く、くだらねー……』
村長の言葉に、脱力したあたしとガウリイの呟きが重なった。
「真面目な話ですぞ!ともかく、このままでは神の加護はなくなりせっかく軌道に乗りつつある村おこしもさびれ村も滅んでしまう。どうか我々をお助け下され!」
「ンなもん、村の残った人の中から代わりを選べばいいじゃない。なんだってあたしが−−」
「見ての通り、この村におるのはヨボヨボのじじばばだけじゃ。あの世に片足突っ込んだ年寄りにこんな破廉恥な服と小っ恥ずかしい踊りをさせることなど−−わしにはできん!それに!どうせ見るならピチピチの若いねーちゃんの方がいいに決まっとる!」
「それが本音かっ!ってか、ンな小っ恥ずかしいもんを旅人に強要するなっ!」
「強要ではないっ!れっきとした依頼ですぞ!多くはないが謝礼も出しますし……それと、この村の名物キノコ料理食べ放題もつけますぞ!」
ぴぴくっ。
キノコ料理食べ放題の言葉に思わず体が反応してしまったが、村長も認めるあの小っ恥ずかしい踊りをやることと天秤にかけたら、正規の料金を払ってきのこ料理を堪能したほうがまだマシである。
あたしが断りの言葉を紡がんとしたその時−−
「いいんじゃねーか?やってやれば」
横で山菜の天ぷらをパクつきながら、軽い口調で賛同の声を上げるガウリイ。
「最初見た時は薄気味悪かったけどよ。慣れればけっこうこの服、リナに似合ってて可愛いぞ」
「は!?」
「確かに。心もとないところは一部ありますが、リナさんの引き締まったボディラインによく映えますし」
「はあ!?」
「リナは歌もうまいしなー」
「はああ!?」
「おお……まさに適役というわけですな!」
褒めてるのかけなしてるのかよくわからない二人の意見に村長も身を乗り出し、和気あいあいと話が盛り上がる男ども。
マ、マズイ……このままだといつの間にか自然にやらされるハメに−−っ!
あたしは頭をフル回転させ−−ふと、ひとつの答えを導き出す!
「待って。確かこの踊りは二人一組でやらなきゃ意味がないはずよ。あいにくだけど、あたし一人じゃどーしよーもない」
「何を言っておる。残りのどちらさんかがやればよいじゃろ?」
『は?』
村長の言葉に、さすがに男ども二人も目が点になる。
「なにいってんのよ!じーさんの目からどーみえるかはわかんないけど、二人ともれっきとした男だかんね!一応!」
「一応って……オレは間違いなく男だからな!」
「まぁ、僕はどっちでもいけますけど」
「そこ、話を紛らわしくしない!」
「安心してくだされ。ワシの目から見てもお二人は立派な男性ですぞ」
「いや、だからそーじゃなくって!アレは清らかな乙女が踊ってこそ効果があるんでしょーが!」
「もう踊ってくだされば男でもオカマでも構わんです!」
「だったらじじばばでもおんなじでしょーがっ!」
「肌のハリが違いますぞ!」
「だぁぁぁかぁぁぁらぁぁぁぁ」
ぬぅああああっ!ダメだこのエロジジイ!完全に論点がズレてる!
あたしと村長がバチバチと火花を散らし睨み合う中−−
「−−わかりました」
そう言って、すくっとその場に立ち上がったのは、他でもないゼロスくん。
「ここは−−僕がひと肌脱ぎましょう!」
……
はあああああ!?
何を言い出すんだこのスットコ神官!
「いよっ!さすがゼロス!」
手を叩き指笛ではやし立てるガウリイ。
「アンタ……神への祈りよ?生への讃歌よ?辛くないの?精神的に」
「茶番だと割り切れば別にどうということはありませんよ。……それに、リナさんのあの姿をもう一度拝めるのなら、この獣神官ゼロス!二の腕だろうと太ももだろうと出し惜しみするつもりはありません!」
ガッツポーズ片手に意味のわからない決意の炎を燃やすおかっぱ魔族。
「いやはや、ありがたい!実は数日前に村に訪れた二人組にも同じように頼んだんじゃが……娘さんのほうはやる気満々でももう一人が『女装は二度とゴメンだ!』と頑として受け入れてもらえなくてのぉ……男でもあの細腰ならこの衣装も着こなせたじゃろうに……」
なにやら勝手に一人でブツブツと呟くジジイ。
いかん!完全に引き受ける雰囲気になってる!あの悪夢の再来だけはどうにかして避けなくては!
「男でもいいってゆーなら、ゼロスとガウリイでやればいいじゃない!」
「……リナ」
急に真面目なトーンに変わり、ガウリイはあたしの両肩をわしっと握る。
ガウリイは首をゆっくり左右に振り、
「それはできない」
「歌詞が覚えれないってんなら、あたしが後ろからサポートしてあげるわよ」
「そうじゃない」
真剣な顔つきで、ガウリイは両手をあたしの肩から外し、机の上に置いたままのコスチュームをその手に取る。そして、ぴらりと、自分の体にあてがう。
「−−サイズ的に、これは入らん」
……あ、そーですか……。
「では、やはり僕とリナさんで頑張るしかありませんね♪」
脱力するあたしを尻目に、ウキウキと話を進めるゼロス。
もう……なんだか疲れたわ……
「えええいっ!わかったわよ!こうなったらやっちゃるわい!」
ヤケクソになるあたしに、おおーという賞賛の拍手が沸き起こる。
「それで?祭りってのはいつなのよ?」
「今夜です」
「いきなりかいっ!」
「こうしてはいられません!ささっ、リナさん。練習しましょう♪」
「ああもうっ!わかったから!押さないでよゼロス!」
「二人ともがんばれよ〜。客席から応援するからな〜」
完全に人事のように、ひらひら手を振るガウリイ。
おにょれ!祭りが終わったらシバキ倒しちゃる!


その夜、豊穣の祭りの祭壇《ステージ》で、あたしとゼロスによる禁断のダンスは無事とりおこなわれた。
結果だけ言えば−−けっこう好評だった。夜光棒を振り回し合いの手を打つじじばば達は、どーみてもあの世に片足突っ込んでるとは思えないぐらい生気に満ち溢れていたが……。
そのじじばばに混ざって一緒に盛り上がっていたガウリイを、その後どつき倒したのは言うまでもない。

約束通り名物のキノコ料理を堪能し、あたしたちはその村を後にした。
そして、固く心に誓う。
今後どんなに旨い名物料理が生まれようとも、この村には決して立ち寄るまいと。

〜fin〜
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