ゼロスの華麗なる同人活動 |
窓から射し込む柔らかな光。さわさわと歌うようにささめく木葉と優しくさえずる鳥の声。大きく背伸びをし窓を開け放てば、肌に気持ち良い風が自慢の髪をふわりとなでる。どこからか風に乗って漂ってくるおいしそうなにおいに鼻がひくつき、同時にくるる、と愛らしく腹の虫が鳴く。睡眠もたっぷりとったことだし、今日の朝食はさぞかし美味しくいただけることだろう。昨日から目をつけていたこの宿の名物料理、ナコヤコーチンのエッグベネディクト。朝採れ野菜のサラダにもぎたて果実のフレッシュジュース。メニューを見ずとも口の中によだれが泉のように溢れてくる。そのために少し張りこんでこの宿を選んだようなものだから。 この後の行動を決め、あたしはもう一度大きく背伸びをし新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込んで―― 「おや?リナさん、おはようございます」 ぶふほぉるわっ! すべて吐き出した。 今の衝撃で植木の細枝で羽を休めていた鳥たちが一目散に大空へと逃げていく。 おにょれ!せっかくの清々しい朝が――っ! 「どうしたんです?罪もない鳥に有毒ガスなんか吹きかけて」 「言うに事欠いて有毒ガスってなんなのよ!ってか、アンタのせいでしょーが!ゼロス!」 二階の窓からめいっぱい体を乗り出し、あたしは宿の向かいの通りにちょこんと座っているゼロスに力の限り悪態をついた。 「そもそもアンタここで何してんのよ」 顔を洗い、いつもの旅装に着替え、あたしはゼロスのもとへと駆け寄った。おなかはぺこぺこだが、それなりに活気のある街の大通りで、小さなテーブルと簡素な椅子に座って座敷童のごとくじっとしているおかっぱ魔族を見てしまっては無視するわけにもいかない。こんな気味の悪いものを放っておいたままではせっかくの美味しいごはんも台無しである。 「こんなところでお会いするなんて奇遇ですねぇ」 「人が泊まってる宿の真ん前に居座っといて言うことか! ――まぁそれはおいとくとして……なにこれ、本?」 テーブルの上に視線をやれば、そこには数枚の羊皮紙を束ねて紐でくくりつけてある簡易な冊子が山積みに置かれていた。 「コピー本です」 「こ、こぴ……?」 「自分で考えた創作話を書いて製本したものです。最近巷で流行っているようでして、僕も暇つぶしにやってるんです」 魔族が暇つぶしに創作活動って……。 あまりの馬鹿馬鹿しさに開いた口が塞がらないが、世界を滅ぼすために暗躍するよりはなんぼかマシか。 「ま、まぁ平和でいいんじゃない?あ、読んでみてもいい?」 「どうぞ。銅貨一枚です」 「お金とるの!?」 「リナさんたちと旅をするのに小銭を稼いでおかないといけませんからねぇ」 いけしゃあしゃあと言い放つゼロス。おい、ついてきてくれなんて頼んだ覚え一度もないぞ! 「でもせっかくリナさんが興味を持ってくれたわけですし、今回は特別にタダでいいですよ」 「お、話わかるじゃない♪」 話がつくと、あたしは山積みの上から一冊を手に取り――その表紙を見た瞬間、ぴしりと音を立て凍りついた。 「――リ、リナ=○ンバースの恋ぃぃぃぃ!?」 な、ななななななんなのよこれは! あたしは急ぎページをめくり、中の文に目を走らせる。 「……リナは上気した。肌をすべる指が自分の弱いところに触れるたび、電流にも似た心地よい痺れが頭を揺さぶる。『ゼロス……そこは、ダメ……』――――って、どぅるええええええ!」 なななな、なんじゃこりゃああああああ! 「さすが、ご本人に読んでいただけると臨場感が違いますねぇ」 感慨深いとばかりにうんうんとうなずくゼロスを睨みつけ、 「ぬぁぁにが臨場感よ!なに勝手に人のこと題材にしたあげく、え、え、エロ本にしてくれてんのよおおおおおお!」 あたしは手にした冊子をぐしゃりと握りつぶし、ゼロスの胸倉をおもいっきり掴み上げた。 「まあまあ、あくまで僕個人のりそ――創作話ですから」 「そうだとしても!こんなの他人に売るなあああああ!」 「いやぁ、でもどうせ売るならもっと世間に僕とリナさんの仲を布教したほうが効率的じゃないですか」 「アンタいま自分で創作話って言ったわよね!?事実無根なことを世間にばらまくなああああああああ!」 「大丈夫ですよ。ちゃんと名前の一部伏せ字にしてありますし」 「そういう問題じゃなああああああい!」 あるぇー?コイツ、こんなに話通じなかったっけかぁ? ぴきぴきと無数に生まれくる青筋を浮かべながら、あたしは残像を生み出すがごとくゼロスを揺さぶる。 「今までに何冊売れたの!?」 「ま、まだそんなに経ってませんので……二十冊ほど」 はっ?二十っ!?こんなくだらないものを二十人も買ってったんか!どんだけ物好きなんだ世間の人! 「今すぐ全部回収してこおおおおおい!」 「ええ〜、でもこれ、けっこう好評なんですよ?獣王様なんて『続きはないのか?』ってすごい気に入ってくださったんですから。だからこうして二冊目が出来上がったんですよ〜?」 「どんだけ俗物暇人なのよアンタの上司はっ!」 可愛らしく頬を膨らませる変態魔族に、あたしの問答無用のチョークスリーパーが炸裂し――ふと、聞き逃してはいけない単語を記憶から呼び戻し頭の中で反芻する。 「ゼロス。アンタいま、二冊目って言った?」 腕の中でぐえっと呻くゴキブリ魔族がこくりと首を縦に振る。 「ってことは――!?」 嫌な汗が全身から吹き出し血の気がザアアッと音を立て引いていく。ゼロスは清々しいまでの満面の笑みで、 「五百冊、完売です♪」 「滅びろこの変態魔族があああああああああ!」 ちゅどおおおおおおおおおおおおおん またひとつ、前例をみない魔族の凶悪な陰謀により、罪のない街がひとつ消えた。 人々はこう噂する。リナ=○ンバースのエロ本を持っていると確実に死が訪れると。 ――いまドキッとしたそこのあなた……後ろから聞こえてくるでしょう?破滅を呼ぶドラまたの混沌の言語≪カオス・ワーズ≫が――。 後日、旅の途中に偶然再会した、なぜか半笑いのゼルガディスが開口一番あたしに言い放った。 「うなじが性感帯らしいな」 「キサマもかああああああああああ!」 そのあと、あたしがゼルガディスの記憶が真っ白になるまで爆裂陣≪メガ・ブランド≫で吹き飛ばしたことは言うまでもない。 あたしは悪くない。悪くないもん! 〜fin〜 |